「ハスタという人」
秘密結社 路地裏珈琲
「ハスタという人」
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部屋に招いた夜風がめくるままに、すっかり埃を被ってしまった日記とアルバムが、バラバラと音を立てる様子を見て、彼女の記憶は息を吹き返した。
思えば、遠く長い道のりだった。
砂漠から水の都まで、渓谷の狭間から雲海へ、朝から晩を経て、春を超えて幾度もの冬に辿り着いた日々。
「...そう、君はとても自由だったね。一体、どこに行っちゃったんだろう」
写真の中で、まだぶかぶかの帽子を片手で支えながら、満面の笑みを輝かせた小さなハスタに、ハスタは問う。ずっと、大人になることは、もっと自由で力強く育つことだと思っていたのに。
できないことを知って、腕の届く範囲を手堅く掴む遠慮を覚えた。自らの過ちに苦悩した末、だんだん人に苦言を呈することが、自分に刃を向けるような気持ちに変化していって、それがやがて、許容や優しさに生まれ変わった。
大人になることは、そう言うことなのだと言い聞かせていた。
部屋の隅っこでずっと世話していた、鉢植えの白い花は、気がつけば盛りを超えて花弁を散らし、ほんの僅かに残った葉と穏やに余生を過ごすばかり。
しかし、今夜は風が揺らして彼女に教える。
その骨っぽくなった茎の頂上には、気づいてくれるその時まで、大事に大事にひっそりと、小さな手のひらに包まれたような種が眠っているのだと。
「もう一度、会えるかな」
決して悲観的な声なんかじゃなく、その声色は明るかった。
いつかの晩に覚えた、この懐かしい歌の名前は何だったろう?
“時間旅行のツアーはいかが、いかがなもの?”と高らかに、ハスタが奏でる一節に合わせて、壁の向こうで猫の尻尾とイチロウの指が、リズムをとって揺れていた。
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ハスちゃんの中には、過去も未来も詰まってる。
彼女は、人の形をした世界。
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