初めまして「ハスタと悼」
秘密結社 路地裏珈琲
初めまして「ハスタと悼」
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「...誰」
足音に鋭い声を飛ばしたら、ピタリと硬直したその音の主は、本を手にドアの影から姿を現した。
「君は、悼ちゃん?」
「ごめんね、びっくりさせるつもりはなかったの!その...珍しく、この時間の操舵室に明かりが見えたから」
タナカさんが仮眠をとる間だけ、私はこの船、みんなの家を任された。
少しでも操縦に対する苦手意識をとるために、短時間から始めようと試みたのだが、やっぱり自分が思った以上に根深いものがある。
口をついて出た、威嚇するような声色は、体がそれだけ身構えている証拠だった。
悼ちゃんは、パジャマ姿にブランケットを肩からかけて、もうすっかり寝る準備を整えている。絵本の読み聞かせ途中を連想するようなその姿で、急に肩の力が抜け、少しだけ自分にも眠気が舞い降りたような気がする。
「まだお仕事?」
「そうね、でも、ちょうど3分経ったらタナカさんとバトンタッチ」
「じゃあ、終わったらちょっとだけ下に行かない?」
「下って言えば、ホールとか図書室?」
「そう、マメちゃんが、今大昔の絵本を解読してるの」
ふと、色あせたデジャヴが私を襲う。
本を手にした子供の頃の自分、そのまた先の、お姉さんに成ってからの自分。旅に不眠はつきもので、絵本を読みつ読まれつ、長いことあちこちを行き来したものだった。いつぶりだろう、物語に触れるのは。
悼ちゃんの手にした、“ふくろうの森“は何度だって読んだはずだし、何カ国語かに翻訳されたベストセラーで、なんなら3バージョンくらいは見た筈だ。
しかしながらその結末は、すっかりポッカリ頭から抜けていて、途中で針飛びを起こしたレコードのように始まりに戻ってしまうのだった。
私は、無性に続きが気になって、彼女の差し出された手をすんなり受け入れた。
ほろ温い、眠たく成った子供のような手。
タナカさんが戻ってきたら、すぐにあの図書館のラグマットへ毛布を持ってゆこう。
今夜、私は多分、この子と一緒に夢の中、あの森の記憶へ帰ってゆくだろう。
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姉妹とはまた違う、歳の離れたお友達。
彼女たちは時々、二人で子供に戻って寄り添う。
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