「スズキさんの餌付け癖」(美子)
秘密結社 路地裏珈琲
「スズキさんの餌付け癖」(美子)
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閉店間際に美子が一人で突っ伏していたので、話しかけたら、面食らってしまった。泣いていたのだ、それも画面の割れたスマホを握りしめて。耳が空っぽだと思ったら、今朝まで自信満々に輝いていたピアスは、テーブルの上に転がっていた。察した、そういうことなのだろう。生憎俺は、こいつに対してデリカシーを持ち合わせて居ないので、そのままカウンターに入って聞いてやる。
「玉砕か」
「……うるせえやい、信じた私がバカだったんだよ、薄々勘付いてた」
その時喋っていた美子は、俺の見知った美子ではなかった。こいつ、普段この界隈で見せているふてぶてしいツラはどこへやってしまったのだろう。嗚咽を堪えているものだから、すっかり覇気が無くてしおらしい。自分でも意外だったのだが、偉く腹が立つ。こんな形で、こいつの”女の声”を聞かされることになったのが、無性に許せなかったのだ。次の瞬間、俺は貧弱なピアスを指でへし曲げ、屑籠に放り、代わりに賄いの残りだった牛丼を山ほどよそってカウンターに叩きつけた。
「ちょっと!!馬鹿野郎、何すんのさ!!ゴリラの真似も大概にしときなよ!!」
「うるせえな、とりあえず食え!!弁償なら望むところだ、こんな貧相な小石とっとと捨てちまえ!!俺がもっとイイやつ買ってやる!!」
わあん、バカ!!って、ビイビイ泣きながらもしっかり箸を握りしめた美子に、暖かいお茶を入れてやりながら、俺はそれっきり、丼が空になるまで黙って頬杖をついていた。
泣き止むまでは、離れるまい。深夜一時、珈琲屋の電気が静かに消えた。
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「分かってるけど、見ない振り、ってか」
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