「お仕置きが必要だね?(前編:星干し完結)
秘密結社 路地裏珈琲
「お仕置きが必要だね?(前編:星干し完結)
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星干しさんのアンサー↓
https://nana-music.com/sounds/051b66a1
僕はどうかしていた。
そんなに深く聞かれてもいないのに、目の前で相槌を打ってふんふんと首をリズミカルに振る彼女、星こちゃんに向かって己の青臭い身の上話を、それはもうペラペラと呼吸に乗じて吐き出した。
「初恋だったよ、間違いなく」
「はつこい......!!」
はるか昔々、もういつだったかもはっきり覚えていないけれど、僕はひとりの女性と出会って、心の全てを奪われてしまった。明るくて、チャーミングで、それでいておちゃめながら、芯の強いひと。
しかし、皮肉にも身分違いの恋、とでも言えばよいだろうか。彼女は当時、同じ土俵で競い評価を受ける立場にあった際、僕なんかよりずっと早くに世間の目に見初められ、才能を開花させてとっとと他所へ旅立って行ってしまった。
「毎晩こっそり親の目かいくぐって会いに行って、彼女だって脈がなかったわけじゃなかったんだよ?でも、出来が違ったっていうか。だから、引き止められなかったよね......彼女の成功と幸せをさ、その晩お祝いしたよ。ジュースで乾杯して、明日にはそこから居なくなるのに、僕は友達止まり」
「好きって言えばよかったのに......」
「格下の僕にはぁ、これから咲き誇る彼女を、閉じ込める勇気も!資格も!なかったの!はぁ~あ......」
カウンターに突っ伏して、情けないため息を盛大に吐き出す、くたびれた壮年、いや、もう中年を名乗らなきゃいけない年頃になってしまった男、僕。片手に握ったグラスの中身をぼんやり眺めて、記憶の向こうで霞む初恋の彼女を思い描いていたら、ふとその曲面の向こう側からこちらを覗き込んでくる、にやけた瞳と目があった。
「なんだよ......盗み聞きかい、来てたんなら挨拶くらいしなよイチロウくん」
「失敬。面白い話だったから、腰を折りたくなくってね」
“それはそうと。”
イチロウくんがにこやかに、カウンターに腰かけた僕と星こちゃんのちょうど間へ、スマホと一冊の本を置いてみせた。途端に目をかっと見開き、口を真一文字に結ぶ星こちゃん。
「酷い目にあったよ、この本には自白剤作用のある薬草で作るハーブティのレシピなんて載っているんだね。博学なお嬢さん、君がここへ遊びに来た僕の友人に、うっかりこんなものを言い伝えてしまったものだから......僕の心は暴かれ、蹂躙されて、めちゃくちゃにされてしまった。まるで台風にまきこまれた雨晒しの照る照る坊主のようさ」
スマホの画面には、“路地裏にて、自白茶レシピ”と評されたボイスメモのデータが輝いている。大方、花子と書生の仕業なのだろうとは思ったのだが、そんなことより僕にはもっときになる事がある。
「......じはく、ざい」
「サトウくん、ちょっと従業員の教育が足りないんじゃないかな」
凄まじい勢いでカウンターの椅子を押し返し、逃げ出そうとした星こちゃんの襟首に、足元に転がっていた誰かの傘を踏んで蹴り上げ引っ掛けたら、ぐえっと詰まったかわいい悲鳴が上がって、彼女はあっけなくイチロウくんの腕に収まった。
さあ、ゲームオーバーだ。
ぎこちなくこちらに首を回した星こちゃんへ、とびっきりの笑顔をプレゼントしてあげようじゃないか。
「......お仕置きが必要だね?」
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星こちゃんの運命やいかに。
後編、秋那兎さんへバトンタッチ。↓
https://nana-music.com/sounds/051aa4a1
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